放火は極刑(江戸時代)
江戸時代、木造建築がほとんどだった日本の大都市江戸では、放火は、とんでもない罪になりました。
逆に、火消し(消防士)は、火事がどこかに発生したら、自分の命をかけて、延焼を防ぐ仕事だったので、町の人からは尊敬されました。
お父さんに怒られたから、あるいは、怒られるのが恐くて、「火を放つ」行為は、どんな状況にあっても、許されてはなりません。
取りざたされているオシム監督の語録に「レーニンは、勉強して勉強して勉強しろと言った。サッカーでは、走って走って走れだ」と。これからの日本代表は、それで「走る」のでしょうか。
最近の日本人(大人も子どもも)を見ていて、どうして、「はい、わかりました」と言わないのだろうとたびたび思う。「はい、わかりました」と言ってから、それから、考えたり議論をしたりすればいいのだと思うのに、それを言わない。
たまたま、アメリカの演劇界を代表する「トニー賞」の授賞式をテレビで見た。演技や歌や踊りには、脚本家や演出家のせりふや指導が第一義的に優先される。だから、すばらしい表現活動になる。オシム監督も基本を教えているに過ぎない。どこの世界も、教わる人の「はい、わかりました」は大事だと思う。
たしかに、アメリカが「テポドンを発射するのをやめろ」と言っても、北朝鮮は「でも、だって」と言っているのだから、これでは、世の中に示しがつかない。「だめなものはだめ」なのです。






