更新情報とお知らせ
会社概要
HOME
お知らせと更新情報

« 文化の干渉 ブラジル戦1-4 | メイン | 誘拐は極刑? »

2006年06月26日

放火は極刑(江戸時代)

 江戸時代、木造建築がほとんどだった日本の大都市江戸では、放火は、とんでもない罪になりました。
逆に、火消し(消防士)は、火事がどこかに発生したら、自分の命をかけて、延焼を防ぐ仕事だったので、町の人からは尊敬されました。

 お父さんに怒られたから、あるいは、怒られるのが恐くて、「火を放つ」行為は、どんな状況にあっても、許されてはなりません。
 取りざたされているオシム監督の語録に「レーニンは、勉強して勉強して勉強しろと言った。サッカーでは、走って走って走れだ」と。これからの日本代表は、それで「走る」のでしょうか。
最近の日本人(大人も子どもも)を見ていて、どうして、「はい、わかりました」と言わないのだろうとたびたび思う。「はい、わかりました」と言ってから、それから、考えたり議論をしたりすればいいのだと思うのに、それを言わない。
 たまたま、アメリカの演劇界を代表する「トニー賞」の授賞式をテレビで見た。演技や歌や踊りには、脚本家や演出家のせりふや指導が第一義的に優先される。だから、すばらしい表現活動になる。オシム監督も基本を教えているに過ぎない。どこの世界も、教わる人の「はい、わかりました」は大事だと思う。
 たしかに、アメリカが「テポドンを発射するのをやめろ」と言っても、北朝鮮は「でも、だって」と言っているのだから、これでは、世の中に示しがつかない。「だめなものはだめ」なのです。

■コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

Copyright(C)2005 Aoyama Psychological Promotion All rights reserved.