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2007年05月26日

こんな建物も??

先日、奈良に行ってきました。親に連れて行ってもらって以来ですから、40年ぶりぐらいだと思います。

由比ガ浜の銀行が「散歩の達人」に載っていたとコメントくださった暗之云さん、示唆的なコメントくださるホエイ加工品さん、そして常連のたららんさんも、関心をお寄せくださり、ありがとうございます。
私は、鎌倉生まれなので、鎌倉を歩くと、昔の感覚がよみがえってきて、由比ガ浜通りのおもちゃ屋「からこや」がなくなったことが悲しく思えたり、この銀行の隣の会館に「絵(もちろん児童画)」を習いに来ていたなあと懐かしく思ったり、「歩くときの人の感情や記憶には、その人固有のものがある」と感じ入ります。
さて、上の写真は、奈良の大仏殿。現存する世界最大の金銅仏といわれるが、なるほど、鎌倉の長谷の大仏よりずっと大きい。それは、この仏殿を遠くから見て、修学旅行におとずれている学生の小ささを見ただけで圧倒されました。しかも、疫病や天変地異に恐れおののく聖武天皇が、大仏建立の詔を出したのが、743年。そして、開眼供養会が盛大に行なわれてたのが、9年後の752年。その間、大仏建立にお金がかかるから、当時人気のあった行基というお坊さんに、大僧正の位を与えて人民の心をつかもうとしたらしい。どこかの参議院選挙みたいだ。
 つぎの写真は、同じく奈良公園内にある興福寺の東金堂と五重塔。五重塔は、730年に、建立されていて、そのあと、聖武天皇が東金堂を含む三つの金堂を創建したという。同じく奈良公園内と言っても、奈良は鎌倉の寺社とサイズの規模が違う。大仏殿の横ですわって弁当開いているし、清掃も多くの人が毎日、あちらこちらで関わっている。
 この土地に、710年に、藤原不比等が都を移してきて以来、平家の焼き討ちにあうなど、何度も消失しては、再建を繰り返してきたということは、日本の千年以上の歴史が、けっして安全で平和の歴史ではなかったことを示しています。
 たまたま、奈良国立博物館で「神仏習合展」をやっていたので、仏像の歴史も見てきましたが、宗教もときの為政者に上手に利用されてきたとも言えるので、少年法適用の年齢引き下げや国民投票の年齢を18歳以上にする手続きが何を目的にしているかと考える力がないと、ひとの命も、ただの政治の道具になるのだろうと感じました。

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